1971年 声優及び翻訳者の再放送使用料支払い要求が活発化。それにより音声制作会社7社で、「紫水会」を組織。日俳連並びに日脚連との折衝、及び放送局、外画配給会社(山水会)との交渉の任に当たる。
1973年 日俳連より「再放送使用料」を出演の条件とする協定の締結要求。
1974年 日俳連と「合意書」(暫定協定)を締結。
1978年 「紫水会」を発展的に解消、名称を「日本音声製作者連盟」とし、加盟10社で設立。初代事務局長、田中四朗氏の事務所にて「再放送使用料徴収・分配業務」開始。
「外国映画日本語版の出演に関する協定書」(外画協定)を日俳連と締結。
「出演実務運用表」の基となる出演条件及び業界ルールの細目を策定・実施。
日脚連と「外国映画日本語版の翻訳著作物使用に関する協定書」を締結。 
1981年 「動画再放送使用料」について、動画連盟、日俳連及び音声連の三者による「テレビ放送用アニメーション番組の出演並びに音声制作に関する協定書」(アニメ協定)を締結。
1990年 新橋六丁目に事務所を開設。新事務局長に高木隆太郎氏就任。
田中四朗氏の事務所を分室として「再放送使用料徴収・分配業務」を業務委託。
1997年 外画動画出演実務運用表」に「一括処理規定」を設定。
不況対策として転用料率を大幅に下げる大改定。
1999年 コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会(CESA=現・社団法人コンピュータエンターテインメント協会)からの要請により、「ゲームソフトの音声制作に関する合意書」(ゲーム協定)を締結。
音声連ニュース「JAPA」創刊。
2001年 「音声制作者の自画像と夢 〜映像にいのちを吹き込んできた50年〜」を自費出版。
設立四半世紀記念イベントとして、パーティ及びシンポジウム開催。(於:赤坂プリンスホテル)
2002年 諸般の事情によりCESAとのゲーム協定を両者合意の上解消。
四谷三丁目に事務所移転。
分室の田中四朗氏引退にともない業務委託を解消。
2003年 日本音声製作者連盟を「有限責任中間法人 日本音声製作者連盟」として法人化。
インターネット公式ホームページを開設。
2004年 「日本音声製作者名鑑2004」を発刊。
(発行:小学館 企画・監修:日本音声製作者連盟)
2006年 「外画動画吹き替え放送50周年記念事業」を日俳連及び日本芸能マネージメント事業者協会と共催。
2007年 「日本音声製作者名鑑2007」を発刊。
(発行:小学館 企画・監修:日本音声製作者連盟)
2009年 公益法人制度改革により、有限責任中間法人から一般社団法人となる。